メソードのために一生を捧げるシュタードゥラー先生

5月にも雨が降りましたので、今年のヨーロッパの夏はいつまでも寒くて、7月3日に成田空港に降りた時はセーターを着ていました。空港内に冷房が入っているのに気がつきませんでしたので、日本も今年はずいぶん涼しい夏なんだと思いました。ですから、外へ出るまで、お母さんに「早くセーターを脱ぎなさい」と言われても「ピン」ときませんでした。私が4才の時から師事しているアンナ・シュタードゥラー先生は、ベアタ・ツィーグラーのお弟子さんです。ベアタ・ツィーグラーのメソードは人の心を素直に豊かに、強く美しく育てるためにあるメソードです。声でも楽器でも余計な力を入れないようにします。喉や指に力を入れず、体中を柔らかく解放し、響きの中心にある一点(核)に全精神を集中させます。そして、心の奥にある一番静かな澄んだ耳で、一つ一つの核を聴きながら発声したり、タッチしたりするのです。ですから、どんな音や声でも美しく透明に響きます。つまり、心の表現としての理想的なメソードなのです。私のシュタードゥラー先生は、このメソードを世の中の人々に伝えるために一生を捧げていらっしゃいます。

クラスの役員のお仕事はおことわりしました

先生のお宅には大きなセントバーナードのメス犬・カティーがいます。先生は毎朝4時にお起きになって、カティーを散歩に連れて行かれます。どんなに寒い雪の日でもカティーは大喜びです。先生は5時に散歩からお帰りになって、お昼のお食事をつくります。ドイツは日本とちがって昼食はボリュームのあるものをいただきますが、夕食は本当に簡単です。6時になると先生は私を起して下さいます。私は急いで顔を洗って朝食を済ませ、6時半にはピアノの前に座ります。先生はだいたい6時半から40分くらいレッスンをして下さいます。レッスンが終ると急いで学校へ行く支度をし、自転車に乗って、7時45分までに学校(ギムナジウム・小学校六年生)へ行きます。冬は雪が道路に凍りついていますので、注意深く自転車を走らせます。外はまだ薄暗いのです。あんまり凍り方がひどい時は、学校までバスを利用します。10時15分から30分間はおやつの時間です。ドイツの学校は給食もありませんし、お弁当の時間もありません。だいたいこのおやつの時間がそれに当るようで、この時間のためにお弁当のようなパンを持ってくる友人もいます。私は売店でパンと牛乳を買って、いただきます。学校は普通午後1時に終り、1時15分頃には家に帰ります。私は今までクラス委員長をしていましたが、今学期からはおことわりしました。それは、いろんな事を決めたり、作ったりするために学校へわざわざ行かなければならないからです。私はピアノの練習がありますから、これ以上クラスの役員のお仕事はできないのです。

3時になると床を「トントン」と叩きます

学校から帰ると、先生がつくって下さった昼食を私はいつも一人でいただきます。先生は大変忙しくて、いつもレッスンをしていらっしゃいます。私は昼食が終るとすぐにピアノの練習を始めます。3時はお茶の時間ですので、丁度レッスン室の二階にある食堂でお茶の用意をしてから、厚いお肉を叩いてやわらかくするハンマーを横にして、食堂の床を「トントン」とたたきます。この「トントン」が下でレッスンをしていらっしゃる先生への「お茶が入りました」の合図です。「トントン」をお聞きになると先生は急いで上がっていらっしゃいます。先生はまだ熱いお紅茶をすするように飲まれ、お菓子を急いで召し上がると又急いで下へ降りていかれますので、先生はとても可哀想だと思っています。
私のピアノの練習はだいたい3時間です。そして練習が終ってから7時までの時間を学校の勉強に当てます。復習、予習、宿題、さらにフルートの練習もします。7時の夕食時も先生はまだレッスンをなさっていらっしゃいますので、私は一人で食事をしますが、カティーと大の仲良しなので、お食事の時はいつも私の後について来て、横になってねそべっています。それは私がいつもパンの一片をあげるからでしょう。
月曜日と火曜日は、もう一人のツィーグラーのメソードを教えていらっしゃるハスト・ライター先生が、ミュンヘンの家でレッスンをされ、火曜日の夜にバード・アイプリングにお帰りになりますので、月曜日と火曜日はピアノが二台ともふさがっていて、全然練習ができないのです。ですから私は、この2日間は大きな袋をさげて一週間分のお買い物をします。又、フルートの練習も沢山します。

月曜日はバード・アイプリングで過ごします



土曜日の午後は先生と私と犬のカティーと、自動車に乗ってバード・アイプリングへ行きます。ミュンヘンからバード・アイプリングまで、車で45分くらいかかります。道が森の中を走っていますので、時には鹿が道路を横断することがあります。
バード・アイプリングはベアタ・ツィーグラーが住んでいた所でお墓もあります。シュタードゥラー先生は子供の頃から自転車でミュンヘンからツィーグラー先生の所までレッスンに通ったそうです。雪の冬はどんなにか大変だったろうと思うと私は本当にシュタードゥラー先生のことを尊敬してしまいます。自動車でも今、45分かかるんですから、、、。
シュアードゥター先生のレッスンはとっても厳しいものです。だから、学校は私にとって休養の場所です。でもレッスンさえ終ればやさしい先生で、時々お母さんの代りになって抱きしめて下さいます。
日曜日はいつもバード・アイプリングで過ごしますが、昼食は二人の先生とレストランで美味しいお肉のごちそうをいただきます。先生と私はビールを一杯注文して、私も一寸飲ませていただきます。
ハスト・ライター先生は水曜日からバード・アイプリングの家で一人でレッスンをなさいますので、もう一匹のラッキーという小さな雑種のメス犬と住んでいらっしゃいます。日曜日の夕方は二人の先生と私と犬が自動車に乗って、ミュンヘンの家に帰りますので、私は後ろの座席で大きなカティーのおしりに押しつぶされそうです(私も肥っていますが、、、)。カティーはとてもいたずら好きで、うっかりテーブルの上にアップルパイを置いておくと、大きな口でペロリと全部食べてしまいます。

ドイツの人達の拍手はいつまでも続きます

ドイツのお友達は、やさしくて親切な人達です。とくに先生のお弟子さんの家族の人達は、私の事を大切にしてくれます。今までにコンクールやリサイタルや沢山の音楽会をドイツと日本でしましたが、ドイツのお客様と日本のお客様とでは大変ちがうところがあります。日本のお客様の拍手は少なくて短いことです。美しい響きの音楽はドイツ人の心には美味しいお食事のように感じられるのでしょう。豊かにやさしく美しい響きの誠実な音楽は、心に安らぎと勇気を与えてくれるのです。ドイツの人達はそんな音楽を心から祝福し、喜び、感謝します。ですから拍手は沢山で、いつまでも続きます。

上手に弾けることは偉い事だとは思いません

音楽は人間の心の為にあるものです。だから、歌も楽器もすべての音楽が、聴く人の心を美しく清めて、とっても広くて幸せな心の世界へ開かせて行くものでなくてはならないと思います。そんな目的のために音楽家は、まず第一に自分の心を磨かなければなりません。ですから、たとえ他の人よりも一寸ピアノが上手に弾ける事は少しも偉いとは言えません。いつもいつも心の中を美しくして、沢山の人々に感謝をして、一点(核)を見つめて努力していくことが今の私の一番大切な大きな目的です。そしてとっても幸せだと思います。小さい時から「毎日毎日の生活の中で『生きる』って事が、とっても大変な事なんだ、他の人への思いやりが音楽なんだ」という事を教えてくれたお父さんとお母さんに感謝しています。いつもいつも神様が心から喜んで下さる楽器になりたいと努力します。これから私の日本の夏休みが始まります。お父さんとお母さんにうんと甘えようと思っています。来年は6月に東京でピアノ・リサイタルを開きたいと思います。音楽は「やさしい思いやりの心」から生まれますから、もし私が良い演奏ができたら、温かく長く続く拍手がもらえますように、、、。そして、日本で音楽会を開くたびにやさしいお友達が沢山できますように、、、。

13歳のリサイタルによせて
1979年6月 アンナ・シュタードゥラー

1970年6月、当時4歳になったばかりの由紀乃を、母親である藤原夫人が私のところに連れて来られました。由紀乃はとても小さくて細く、抱き上げると羽根のように軽く、まるでお人形のようでした。しかし既にその時、彼女は子供心にピアノを学ぶ事の意味を深く理解していたのでした。はじめ私は、彼女があまりにも小さくてきゃしゃな女の子でしたので、おけいこを始める事に懸念を抱いておりましたが、その心配はすぐに消しとんでしまったのです。このわずか4歳の女の子は驚くべき集中力と充分な気構えを持ち、彼女の人並みはずれた音楽的素質は、もはや疑う余地はありませんでした。1972年に御両親に連れられて日本へ帰国した時は、彼女のピアノは長足の進歩をとげていました。

9歳になった由紀乃は、1975年の秋から私の愛すべき家族の一員となったのです。私の大きな犬、カティー(セントバーナード犬)とも大の仲良しになり、彼等はよく家の中や庭でふざけ合っています。 由紀乃の自然な優しさと思いやり、「常に他人を助けよう」とする気構え、年齢の割には驚くばかりに厳しい自己批判の態度は、私達の共同生活をより豊かで調和あるものにしてくれています。彼女は何でもよく出来るのですが、少しもおごる事なく、常に控えめで謙虚ですので、学校でも沢山の良いお友達があります。彼女の明るさ、朗らかさは、毎朝6時に起きて私達が朝食を美味しくいただく時間から、もううかがう事ができます。朝食後登校時まで続くピアノのレッスンでは、彼女は強い精神統一で臨みます。ギムナジウム(日本の中・高等学校進学コースに相当)は非常に高度な勉強を要求しますので、宿題を全部やるだけで相当の時間を費やさなくてはなりませんが、彼女はその全てをたんねんに、積極的に励んでいます。毎日のピアノの練習は歓びをもたらし、私も彼女ののみ込みの速さにはいつも舌を巻いています。言うまでもなく、由紀乃は私の最も才能ある弟子です。彼女の音楽的才能は、強力な集中力と抜群の記憶力を持っています。そのテクニックの巧みさは注目に値します。

彼女の人間としての素晴らしさは、今若年であるにも拘らず、すでに各々異なった作品の持つ精神的内容面を深く豊かに把握するという点で、如実に表されています。その上、彼女はピアノを教える事に大きな歓びを持ち、ピアノ教育者としての才能は、もう幾度も証明済みです。(シュタードラー女史のレッスンをしばしば代行しています)。由紀乃は将来、ベアタ・ツィーグラーメソードによる“内的心の耳で聴く(Das Innere Horen)”理想的とも言える自然なピアノ奏法の体現者としての卓越せるピアニストであり、更にまた偉大な教育者たり得る事を私は確信しております。

1979年6月
アンナ・シュタードゥラー

藤原由紀乃が奏でる魂の響き



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